「流氷トロ鮨」のおはなし

皆さんはご存知でしょうか?? 「流氷トロ鮨」
「ああ!紅とろを使ったサーモンのお鮨ね」と思われるでしょうが
本当は違うのです。違うといっても全く違うものではありません
何が違うかというと、「紅とろ」ではないということです
同じサーモンに変わりはないのですが「旨み」に違いがあるのです。
ではその違いはどこからくるのでしょうか?

序章

今を遡ること30数年前、まだ「200カイリ経済水域」がなかったころ
北洋に、函館から「ケーソン」と呼ばれる何百隻のサケマス船団が
出航しているころから始まります
サケマス船団の主な目的としては、いわゆる「紅とろ」の漁獲にあったのです。
この「紅とろ」自分たちの口に入るのではなく、缶詰にし、欧米に輸出し、
外貨を稼いでいたのですから驚きです。
ところがそこで獲れるのは「紅とろ」ばかりではありません。
キングサーモンも獲れるのです。
ところがこのキングサーモン、この当時は「雑魚(ざこ)」として扱われていたのです。
飼料か肥料になる程度のものとしか考えてられませんでした。
当時、江戸前の鮨店を経営していたわが社長にこの話が大手水産商社から
舞い込んできたのです。
商社マン 「社長、サケマス船団で取れる鮭を「鮨ネタ」として
       取り扱ってみてはいかがですか」
社長    「紅とろかい??
商社マン 「いいえ、キングサーモン!」
社長    「キングサーモン?!そんなの鮨ネタになるのかい。
       「ルイベ」っていうのは聞いたことあるが」
社長    「11PMでやっているアラスカのユーコン河で釣ったやつをスモークして
       食べる あのキングサーモンかい??!」
商社マン 「そうです。それがまた、えも言われない味なのです
        (今で言うアンビリバブルかな?)考えてみてください」
     
と 取り留めのない話をしてその日は終りました。
     
後日キングサーモンを持ってきた商社マン
     
商社マン 「どうですこれがこの前お話したキングサーモンです。」
       と自信ありげに話す
社長    「いかがですって言ったって凍っているじゃない」と胡散臭そうに言う
商社マン 「これは凍っているにではなく瞬間凍結させているんです。
        とにかく食べてみてください」
社長    「食べろって言ったってまだカチンカチン凍っていて今食べたら、
        歯の治療代が高くつくよ」
商社マン 「まあ、2,30分待ってから試してみてください。気に入ると思います」
社長    「ふ〜ん??」

30分後、自然解凍され、柔らかくなったサーモンを

商社マン 「さあどうぞ、食べてみてください」
社長    「そうか〜??・・・・・・」
とためらいながら一切れ口の中へ
       「 う、うまい!!!!何だこれは?!!!・・・・」
商社マン 「でしょ、信じてもらえました」
社長    「う〜〜ん。・・・・・・・」
商社マン 「どうでしょ??使ってもらえませんか」
社長    「う〜〜ん。・・・・・・・」
社長    「う〜〜ん。・・・・・・・」
商社マン 「何か言ってくださいよ、社長?!!!」>
社長    「う〜〜ん。・・・・・・・」
商社マン 「社長!!!!?・・・」
     
と時間は流れていくのでありました。
     
しかし社長の決断が下るのにそう時間はかからなかったのです
社長    「こいつと心中するかあ?!!・・・・」
商社マン 「ありがとうございます。早速ですが、
        船に瞬間凍結装置をつける費用の方なんですが・・・・」
社長    「なに〜?!!!・・・・」
商社マン 「弊社と社長のところで折半ということでどうでしょう?・・・」
社長    「そのナントか装置って言うのに、いくら掛かるんだい」
商社マン 「・・・千万です。それを折半で御願いしたいのですが〜・・・・」
社長    「う〜〜ん。・・・・・・・」
 
この間社長の頭の中では、これだけの設備投資をしてどの位で元が取れる
のかとか、どのように費用を算出するかで当時の大型コンピューターのように
数字が駆け巡っていた。・・・と思われます(想像)??・
     
社長    「よし、やってみよう」
商社マン 「ありがとうございます、早速ですが・・・」
社長    「早速ですがって、まだなんかあるのかい???・・・」
商社マン 「札幌のデパートで、弊社主催のイベントをするのですが、
        そこで握ってもらえませんか?・・」
社長    「よ〜〜し、早速手配してくれ。このキングサーモンを
       日本中に広めるぞう」

ということで当時の札幌の「五番館」(現西武デパート)のイベントで
「流氷トロ鮨」として初お目見えしたのでした。
 しかしながらそれから現在までとんとん拍子で進んだのではありま
せんでした。何せ、所詮、鮭は鮭、マグロと違います。旨いことは分かって
もいざ買う段階になると二の足を踏むお客様ばかりでした。
 「想像してみてください」
 当時鮭といえば、新巻きサケなどを代表として、焼いて食べるもの、
つまり焼き魚の一種として見なされていたわけで試食を出して食べて
もらって納得しても、買うお客様は少なかったのです。
我々の標語「赤ちゃん泣いても「トロ」溶かすな!!!」

 また物流や交通のインフラなども現在のように発達していなかった時代です。
溶かしてしまえばそれで使い物にならなくなり、それが損失となる。
 今でこそ宅急便など便利な物流システムがあるから、だいぶ楽になりましたが、
いまでも「トロ」の扱いには、絶対に溶かさないように十分気を付けています。

 その後、全国の有名百貨店から、「うまいもの大会」や「北海道物産展」などの
イベントに参加してほしいとの要望が舞い込んで来ました。
昭和45年「株式会社喜速久」を設立して百貨店の催事を専門に行うようになりました。
ここから「トロ」のうまさに「35年の歴史」の重みが加わった「流氷トロ鮨」が出来上
がったのでした

苦難の時代

 いざ百貨店の催事を始めましたが、苦難の歴史の始まりでした。
というのも前章で書いたとおり、買っていただけるお客様は少数でありました。
「なまの鮭なんて食えるか!!」
「帰って食べたら、痛んでまずいじゃないの??」
お年寄りのお客様に試食を出しても
「何、それ、サーモン、いらない」という風に、試食を食べてもらえもしませんでした
九州などに行ったときもカニやイクラの他の商材にしても臭いとか云われてあまり
受けいられませんでした
カニはタラバ蟹を使っていたのですが、そのころの主流は,ズワイ蟹で山陰から
入ってきましたし、イクラは確かにいまより鮮度が低かったこともあります
「想像してみてください」
昔は、鮮度を保つために「塩」を大量に使っていたため、しょっぱかったし、臭みも
ありました。現在は、研究されて「塩イクラ」から「醤油いくら」が主流となっています
タラバ蟹に関しても塩分が強かったのです。
現在のようにインフラが発達していなかった為、「塩」による保存方法が主流だった
からです。
皆さんよくご存知の「下関のウニ」も「北海道の塩粒ウニ」から出来たものなのです
ではその「塩粒ウニ」とはどんなものかというのを説明しましょう
1.畳1畳分の箱を想像してみてください
2.そこにまず、2cmほどの厚みに塩を敷きますその上にガーゼを被せて、
  水洗いをしたウニを並べていきます
3.その上に、またガーゼを敷き、塩をまた2cmほどの厚みに載せ、一昼夜おきます
4.そうすると水分が塩に吸われ、ウニの旨みだけが残り、板のように固まった
  「塩粒ウニ(別名板ウニ)」が出来るのです
5.水分を取られ、軽くなった「塩粒ウニ」を、下関に出荷してしていたのです
6.下関ではこのウニをアルコールなどで戻して所謂「練りウニ」として全国に
  出荷しているのです 
                                         オシマイ

 現在当店で扱っている「流氷ウニ鮨」は、利尻産の「塩粒ウニ」を使っており、
ウニ本来の旨さを引き出している商品です

 話はそれてしまいましたが、全国的にはあまりうけいられない時代でした。
それでも、百貨店の担当の方が、毎回毎回呼んで下さるので、それに応えようと
精進してきました

テレビと宅急便

そうこうしている間に20数年の時が流れ、技術は発達し、物流や交通のインフラ
が整ってきて「1億総旅行者」の時代に入っていきました。
テレビでは「旅行番組」や「うまいもの」の紹介する番組などが多く見られるように
なり、人々の興味がそちらの方に向かってくるようになりました。
それからが、百貨店の催事には多くのお客様がみえられるようになったのです。

 特に「北海道」に関しては、国民の憧れのような存在になっていったのです。
まだまだ「北海道」は遠いところ、でも地元にいながらにして、あのテレビで見た
美味しいものが食べられるということで大盛況となったのです。
九州ではあまり好まれなかったイクラでさえ、いまでは外せない一品となってい
るのです。
蟹に関しても今ではタラバ蟹が一番人気があり、ズワイ蟹を追い抜いています。

 百貨店の催事が大盛況になると今度は、新しい問題が出てきました。
それが輸送の面です。多くのお客様に美味しいものをたくさん買っていただける
のはうれしいのですが予想を超える買い物は、我々を泣かせてくれました。もち
ろんたくさん買っていただいた嬉し涙と共に、売る商品がなくなってしまう不安から
でした。何云ってんだい、贅沢な悩みじゃないかとお叱りを受けるかも知れませんが、
当時は違ったのです。
私たちの仕入れや仕込みは、前回の数字から、計算して仕入れるので、あまりにも
大きな違いが出てくると問題が発生するのです。商品欠品が一番やってはいけない
ことなのです。信用問題に関わってくるからです私たちが欠品すると言うことは、
百貨店が欠品するのと同じことであり、百貨店の信用問題となるからです。

 ここで百貨店の催事の1日についてお話したいと思います
6時     起床
6時30分 会場入り、当日の仕込み(ホテルと百貨店は近い距離にある場合が多い)
8時30分 朝食(といってもコンビニにおにぎりやお茶など立ちながら済ませる)
8時40分 商品を作り始める
9時30分 朝礼(注意事項やお客様対応への講習など(週末にかけては欠品のない
       様に念を押される))
10時    開店と共に戦闘開始(これから忙しければ休憩もないときもある)
20時    閉店(とともに後片付けや仕込み)
21時    ホテルで缶ビールと夕食(帰り道コンビニで買い物)
そして気が付かないうちに就寝(ビジネスホテルは狭いのでついついベッドで
くつろいでいるとそのまま・・・・)

話を信用問題に戻しましょう
いくら,物流のシステムが発達したといっても,すぐに届くわけではありません。
たとえば九州では,以前は中3〜4日かかってしまいます。現在でも,中2日
かかります。「創造してみてください」
売れて仕入れた材料が一気に減ってしまうことを。「売れたなあ」と喜んでいるのも
束の間,明日からの商品は足りるかどうか、明日からは通常の売上に戻るから間に
合う?かなとか、今から大至急注文しなくてはいけない?かなとか色々頭の中を数
字が走り回っている様子を。最終日の弊店時間までこのままどうにか持ってほしいと
祈る姿を・・・・。
足りなければ,今後の取引もなくなる可能性も大きい・・・・。
それよりせっかく楽しみに,お越しになったお客様に残念な思いをさせることになる。
主な催事は,春と秋の年2回。次の催事まで半年待ってくださいと言えるでしょうか.・・・

物産展の1年は正月明けの1月4日頃から始まります。
京都から始まり,一気に九州まで南下し,それから関東に戻り、
それから東海,関西,九州へと,5月下旬までが春の陣として続きます。
お中元シーズンが始まると、催事会場はお中元会場として使われ、一旦おやすみ。
そして、9月からの秋の陣。今度は,関東から東海,関西,九州,沖縄と南下していきます。
11月後半からは、御歳暮やクリスマスのギフトで催事場はギフト会場となることが
多いので、この時期で大きな催事は終わりになります
大きな催事がないときは、デパ地下で小さなサークルを組んで「何々物産展」とか
「諸国うまいもの」とかやっている姿を見たお客さまもおおいかとおもいます。
大きな催事だけやっている訳ではないのです。デパ地下の小さい催事が、
大きな催事への掛け橋となることもあるので、おろそかにできません。
1月から6月、9月から11月のこの期間は、ほとんど休みなし働きます。
1日あいたと思ったら移動日だったりするのです。よくお客様から「いろんな
所いけて良いじゃない」と言われますが、実際観光もできなければ、名物を
食べることもほとんどありません。朝早くから夜遅くまでほとんど立ちっぱなし、
遊びにいけるほど体力に余裕もありません。
 珍味屋さんや昆布屋さんなどあまり仕込みのないところは、余裕を見て遊びに
行っているみたいですが。・・・
話はそれましたが、宅急便の発達は、品質の向上にもつながり、以前に比べて
格段のおいしさと安全も一緒にお客様にお届けできるようになったのは、
喜ばしいことです。たくさん売りたぃlたくさん・・・・・

バブル崩壊〜自然淘汰  それから・・・

百貨店の催事の中で鮨、弁当は、花形です。見栄えが良くて、派手で、売り上げも
いいように見えます。
そうするといろんな業者がそこに入ってきます。山盛りにしたものや派手なもの、
35年間この業界にいると、その浮き沈みもたくさん見てきました。はっきり云って、
弊社と同じ程度の業者がいくつあるのでしょうか。
答えは0です。35年やっているから「えらい」と言うものではないですが、35年間
やってこられたのは、全国に居られるお客様のおかげなのです。半年ごとの催事を
楽しみに来られるお客様のおかげなのです。その気持ちに対して、私たちも消して
甘んじることなく、少しでも良いもの、おいしいものを探求しています。
そのことを怠った業者は、すぐにいなくなるのです。山盛りにしたお弁当に、行列が
できても、翌年は行列どころかお客様が振り向きもしない状態になったところも何件も
見てきました。お客様は、正直だと痛感させられることもしばしばでした。
それでも、バブル期では、他の業種と同じように需要に供給が間に合わない状態で
した。いろんな業者の出入りもありました。
 やがてバブルの崩壊から、お客様の足もやや遠ざかりましたが、業者の数も減り
ました。量から質の時代へ移行し始めたのです。バブル崩壊によって、売り上げは
確かに落ちました。
でもそれは、良いことだと信じております。いくら「質」に固執してもバブル期では、
手が回らないことが間々ありました。後ろめたい気持ちになったこともありました。
それでも全力で対処していたと今でもそう確信しています。
その気概で今まで35年間、この業界でやってこられたのですから。そして百貨店
中心に行ってきたものを、もっとより多くの全国のお客様に、「本物のおいしさ」を
知ってもらいたいためにインターネットショップでの販売を行った次第です。

インターネットショップ「とろサーモンの喜速久」

百貨店の喜速久では催事のみの販売になる為、一年に2・3回しかない1週間の
催事を楽しみにお待ち頂いていました。 毎年催事の期間中は二度三度と足を運
んでくださるお客様もいらっしゃり、社長や職人にお土産まで頂ける事がありま
す。 私共も感謝しております。
そのようなお客様にも、また全国にいつでもサーモンをお届けしたいという願い
から2000年よりインターネットショップを開店致しました。
但し、昨今では冷凍し電子レンジで解凍して頂くような寿司もある時代ですが、
「寿司は握ったその日に召し上がって頂きたい、ネタは鮮度をよいまま召し上がっ
て頂きたい」職人気質は譲れません。
その為サーモンは鮨では販売せず、刺身用に柵(さく)にしてクール冷凍便でお
届けしています。
おかげさまで「楽天」の鮭を取り扱う店の中では、常に上位にランクされています。
また全国のお客様より頂いた売り上げより、少額ではありますが「こまち」のほかの
店と協力して、目の不自由な方のための「日本盲導犬育成資金」や海外の恵まれ
ない子供たちの奨学金のための「ダルニー基金」などに微力ながら協力させていた
だいています。全国のお客様に、「本物のおいしさ」をお届けするために、百貨店で、
そして2004年よりインターネットショップ「とろサーモンの喜速久本店」でも
日々努力・探求してしてまいりますので、きわくにご期待ください。

とろサーモンの喜速久本店はこちら